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幻のソムリエが語る「硬水と軟水の硬さと丸さが描く国の文化の違い」

水には、硬水と軟水という違いがあります。
その違いは、単に舌触りやミネラルの含有量にとどまりません。食との相性、香りの感じ方、さらには文化や美意識にまで関わっているとしたら、どうでしょうか。

そんな水の奥深い世界を教えてくれたのが、幻のソムリエとして知られる吉田岳史さんです。
今回のコラムでは、吉田さんとの対話を通して、硬水と軟水の性質がどのように国の文化と結びついているのかを、自身の体験を交えながら考察していきます。

「丸く柔らかな水」の感性

私が生まれ育った日本では、軟水が一般的です。
日本の水の多くは、硬度が50mg/L未満の「軟水」「超軟水」に分類されており、そのまろやかさが特徴です。

(WHO(世界保健機関)の基準では、硬度が0~60mg/l 未満を「軟水」、60~120mg/l 未満を「中程度の軟水」、120~180mg/l 未満を「硬水」、180mg/l以上を「非常な硬水」といいます。)

このような水は、お茶や出汁のような繊細な味を引き出すのに適しており、料理においても主張しすぎず、そっと素材を引き立ててくれます。

吉田さんは、そうした日本の水を「映し出す水」と表現しました。
素材の味をそのまま映す鏡のような存在であり、決して素材の前に出ることはありません。この在り方は、日本文化にある“控えめさ”や“調和を重んじる心”とつながっているように感じました。

私が感じた「芯のある水」

私は幼少期を中国・長春で過ごしていた経験があり、そこでは水は必ず沸かして飲んでおり、日本の水とは違う重みやミネラル感を舌に感じていた記憶があります。
調べてみると、中国の水の硬度は100〜300mg/Lの「中硬水」「硬水」が多く、カルシウムやマグネシウムなどのミネラルを豊富に含んでいることがわかりました。

中国の食文化は、火を通した料理と香辛料を多用した味付けが特徴です。
そうした強い味の料理に調和するには、水にもある程度の“芯”や“押し返す力”が必要になるのではないでしょうか。
水が料理の背景に溶け込むのではなく、ときに共鳴し、ときに張り合う存在になる。それは、水も文化の一部として選ばれ、育まれてきた証なのかもしれません。

水に「尖り」と「上昇」を求める文化

フランスでは、硬度の高い水が好まれています。

吉田さんはフランスの水を「香りの尖り」「上昇する水」と表現していました。
フランス文化の背景には、キリスト教の「魂は死後天に昇る」という思想があり、それが建築や芸術に反映されています。たとえば、ノートルダム大聖堂などに見られるゴシック建築の尖塔は、天へと向かう象徴です。

硬水もまた、香り高く、刺激があり、精神性すら感じさせる存在であることが好まれています。
柔らかい軟水は「味がない」とされることもあり、多少クセがあっても“尖っていること”に美を見出すのがフランスらしさなのです。これは、香水、チーズ、ワインなどの「香りや刺激を愛する文化」とも共通しているのではないでしょうか。

音楽文化と水

チェコでは、ピルスナー・ウルケルに代表されるように、硬度の高い水でつくられたビールが親しまれています。
吉田さんによれば、チェコのお客様の多くが「氷のようなカチッとした硬質なミネラル感」を好む傾向にあるそうです。硬水で造られるチェコのビールには、味の芯が感じられるそうです。

さらに吉田さんは、水のミネラル感が音楽の感性ともつながっているのではないかと語ります。たとえば、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の演奏には、どこか冷たく、硬く、シャープな響きがあると感じるそうです。水と音楽という一見異なるものの間に、感覚的な共鳴があるという視点はとても興味深いと感じました。

科学的に明確な因果関係を証明するのは難しいかもしれませんが、文化を形づくる“感性の層”の中で、水が担う役割は確かに存在しているのではないでしょうか。

文化が水を選び、水が文化を映す

こうして見てみると、水は単なる飲料ではなく、文化を映し出すレンズのような存在だと感じます。

・日本の水は、「柔らかさ」と「調和」を重んじる文化と共鳴します。

・中国の水は、「強さ」や「芯」をもった食文化を支えます。

・フランスの水は、「香り」や「上昇する精神性」を帯びています。

・チェコの水は、「冷たさ」や「硬さ」を美として捉えています。どの水が「美味しい」と感じられるか、水を選ぶ時に注目する点は、その人が育った文化の価値観と密接に関わっています。
文化が水を選ぶのか、水が文化を育てるのか。その答えは一つではありませんが、いずれにしても水は、目には見えない文化のエッセンスを映し出していると私は考えます。

中田 皓太

中田 皓太

立命館アジア太平洋大学 国際経営学部に在学中。中国と日本での生活を通じて、水に対する意識の違いを実感し、水の価値に関心を持つ。 父の所有する水源地に海外資本による買収の動きがあったことをきっかけに、日本の水資源の重要性に目を向ける。 現在はみずのみず株式会社にてインターンシップ生として活動中。コラム執筆を通じて、日本の水資源の大切さを発信している。

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